春風のおくりもの

 

 ザァと強い風が吹きました。
 大ちゃんの家の前にある桜並木の花びらが一息に散っていきます。
 お母さんが言いました。
 「あ〜ぁ。間に合わなかったわね。残念」
 窓から入ったピンクの花びらが、黒いランドセルの上に乗って、とても綺麗でした。
 それを見ながら大ちゃんは思いました。
 (なにが、まにあわなかったんだろう)
 大ちゃんは、明日から一年生になります。
 さっきのピンクの花びらがランドセルと一緒に光っているようにみえて、大ちゃんはおじいちゃんを思い出しました。
 おじいちゃんは田舎に住んでいます。毎年、夏になると家族で「おはかまいり」に帰ります。このランドセルは、その時に買ってもらいました。おじいちゃんはとても嬉しそうに、ランドセルを背負った大ちゃんの頭を、ぽんぽんと2回、撫でてくれました。
 大ちゃんは、桜の花びらが、あの時の自分のようにみえました。だから、ぽんぽんと2回、ランドセルごと撫でました。

 

 入学式も終わり、大ちゃんは桜小学校の一年生になりました。
 今までは、幼稚園の先生とお友だちがそばにいたのに、全く知らない「せんせい」と「おともだち」ができました。
 大ちゃんはピカピカのランドセルを背負って毎日、幼稚園に通うのだとばかり思っていたので、これはとんだことでした。
 今は毎日、「がっこう」へ「おにいさん」と「おねえさん」とよばれる人たちと一緒に行きます。
 今まではどこへ行くのもお母さんと一緒だったのに、お母さんは学校まで送ってくれることも迎えに来ることもやめてしまいました。大ちゃんはお母さんがなまけていると思いました。大ちゃんの面倒をみるのが嫌になって、代わりに送ってくれる人へお願いしたのだと思いました。

 だって、毎朝、待ち合わせ場所へ迎えにくるおにいさんとおねえさんにお母さんは頭を下げて、
 「お願いします」
と言うからです。
 お母さんは大ちゃんにも、
 「お願いしますは? 」
と聞きます。
 そう聞かれる度に、大ちゃんは
 (お母さんがさぼってるのに! )
と思います。

 帰りは、大ちゃん1人で帰ります。おにいさんもおねえさんも、まだ学校で勉強をしなければいけないからです。

 大ちゃんはまだ小さいので、長い時間、学校にいてはいけないらしいのです。
 これも、大ちゃんの気に入らないひとつでした。
 幼稚園では一番上のお兄さんだったのに、小学校へ入ったら一番下にされたのです。今までは大ちゃんが面倒を見る側で、小さい子たちの手を引くのは大ちゃんの方でした。今は、大ちゃんが小さくて、手を引かれているのです。

 

 大ちゃんは、わからないだらけの中で、
 (なんてひどいところに追いやられてしまったんだろう)
と思っていました。
 桜並木もすっかり花をおとし、花びらも、道の端の方へ追いやられています。
 すっかりしょげかえってしまった花びらが急に憎らしくなって、大ちゃんは、ガザァーガザァーと滑らすようにして地面に落ちた花びらを蹴散らしていきました。
 そんな大ちゃんの背中を押すように、ザ、ザザァーーーッと突然、強い風が吹きました。
 「うわぁっ」
足元から桜の花びらがグルグルと舞い上りあっという間に去っていきました。
 大ちゃんは知らない間にペタンと尻もちをつき、花びらと去っていく風をみていました。
 八つ当たりを叱られたというよりも、大ちゃんとどちらが花びらをまき上げるのが上手いか、風が勝手に競争を始めて、置いてけぼりをくらったようでした。走っていく男の子の後ろ姿がみえた気もします。
 目をこすって立ち上がると、大ちゃんはなんだか笑いたくなってきました。
すっかり元気になって、走って家へと帰りました。

 家に帰ってから、大ちゃんは被っていた黄色い帽子がなくなっていることに気がつきました。

 (風の奴が持っていったんだ)
 大ちゃんはそう思いました。
 お母さんにもそう言ったのに、
 「落としたんでしょ」
と信じてくれませんでした。
 大ちゃんはもう二度とお母さんと口を聞くもんかと強く思いました。
 夜、寝るときに、歯も磨くもんかと思いました。
 美味しいご飯を食べたら忘れてしまいました。
 でも、歯は磨きませんでした。

 

 大ちゃんはランドセルの中に桜の花びらを詰めるだけ詰め込んで、桜だらけの道を歩いていました。
 黄色い帽子を被った空色の男の子が、口笛を吹きながら大ちゃんの傍へとやってきて、
 「やあ」
と言いました。
 大ちゃんは、
 「お願いします」
と頭を下げました。
 するとお母さんがランドセルの中からこう言いました。
 「間に合わなかったわね」
 大ちゃんは急に不安になって、ランドセルの中身をぶちまけました。桜の花びらがグルグルと空を昇っていきます。
 すると、桜の花びらに乗った男の子がニッコリ笑って言いました。
 「上手いじゃないか」
 大ちゃんは嬉しくなりました。そうして、
 「僕も桜の花びらに乗りたい」
と言いました。
 空色の男の子は、
 「こうだよ! 」
と、次から次へと桜の花びらから花びらへ飛び移っていきます。
 大ちゃんも負けじと後を追いかけました。
 やっと追いつけると思ったその時、足を踏み外して真っ逆さまに落ちていきます。

 サァーと風が吹いて、大ちゃんはいつの間にか男の子と空を飛んでいました。
 下一面に広がる桜は、それはそれはとても綺麗でした。
 地面へと下りて、男の子は手に持った黄色い帽子を大ちゃんに渡しながら言いました。
 「遊んでくれてありがとう」
 大ちゃんは、
 「もう君にあげたものだから」
と、男の子の頭にのせてあげました。
 嬉しそうに一回転して、男の子は空と見分けがつかなくなりました。

 

 朝でした。
 起きたら、口の中が気持ち悪かったので、今度からは歯は磨いて寝ようと大ちゃんは思いました。
 窓の外では、桜並木が黄緑色になって、キラキラと輝きはじめました。
 大ちゃんは、元気よくお母さんに
 「おはよう」
と言い、迎えに来てくれたお兄さんとお姉さんにも
 「お願いします」
と挨拶して、小躍りするように出かけていきました。

 木々の間を優しい風が吹いていき、大ちゃんの頬を、2度、撫でていきました。