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ある月夜の晩に

 むか〜しむかし。
 わたしは、自分はひとつだと思っていました。綺麗だと思っていたのです。体ではなく、内面が。
 そうしてある日、醜く汚いドロドロしたものを見つけて、絶望したのです。わたしはすっかり、その汚いドロドロした内面が自分の本質なのだと思い込んでしまいました。気がつかなかっただけなのだ。見たくなかっただけなのだと。
 そんな時、空の闇に消えてしまいたい。溶けてしまいたいと願ったのです。
 見上げた夜空にほっそりと、銀色に光るお月様が顔を出しました。お月様はにぃっと笑って、ゆっくりと降りてきました。
 わたしの願いが叶ったのだ。お月様の細い細い先っぽが私の体を貫いた時、この黒いドロドロが噴き出してわたしは闇夜に溶けだすのだ。そう思ったのです。
 その時、わたしの姿がありありと映し出されました。それは綺麗でもなく汚くもありませんでした。そのままのわたしでした。体も含めて、影さえも、わたしはわたしでしかなかったのです。
 お月様はにぃっと笑ったまま、ビルの谷間に静かに潜っていきました。
 それからは、わたしとして生きています。
 輝く太陽のもと、青空をみたら青く、はらはらと舞う桜をみたら桜色に、萌ゆる新緑をみたらあらゆる翠に、そぼ降る雨の紫陽花をみたら青から紫へ、黄金色の稲穂をみたら金色に、山の裾野が変わるのをみたら黄色から赤へ、しんしんと雪の降るのをみたら白く、光に映し出されたままに生きています。
 静かに光る月のもとでは、映し出されることのない影も含めて、わたしはわたしとして生きています。