お月様の話してくれたこと
夜も寝静まった頃、オレンジピールのようなお月様が顔を出した。
私に見つかって、驚いたようだ。
なぜって、なんだか鼻がもぞもぞと動いたから。
私も、お月様に見つかって、なんだかバツが悪かった。
なぜって、誰もが寝ているはずの深い夜で、もし起きているとしたら用のある人であるからして月なぞ眺めてはいないのだ。
だから互いに、はにかみながら挨拶を交わした。
「こんな時間に空を眺めている人がいるとは思わなんだ」
「お月様もこんな時間に起きてこられるなんて、私はてっきり、もう西の空へとお休みになられたのだとばかり思っていましたよ」
「月なのだから、いつ夜を歩いても咎められる覚えはないな」
確かにそうだと思いはしたものの、もう少し嫌味を言いたくなった。
「たまに昼間も出歩いていらっしゃいますよね」
コホンと小さく咳払いをすると、お月様は誤魔化すように、
「眠れぬようだから、お話をしてあげよう」
と仰った。
「何がいいかな。兎が穴に落ちた話がいいか、空飛ぶ絨毯で月まで旅した男の話がいいか」
両方知っていると答えたら、こんな話をしてくれた。
「昔、お前のように、どんな物語でも知っていると話してくれた男がいたな。
その男は、そのくせ、自分の知らない、まだ聞いたこともない物語を求めて歩いておった。
そうして、誰彼に聞いては「知っている、読んだことがある」と全てを聞かずに耳を塞いでしまい、首を振るのだ。
そんな男を憐れに思うものもたくさんいて、こんな話はどうだ、これならどうだと、あらゆるもの達が話を聞かせようとした。が、終いには誰も相手をしなくなった。
それはそうだろう。
見ようともせず、聞こうともしないものに、持ち合わせる言葉など誰も持たないのだから。
野に咲く花々も、底まで透き通る湖も、気高き山々も、黙して語ることはしなくなった。
太陽を除いてはな。
なにせ太陽という奴は、どんなものにも光を与えなければ気が済まないときているものだから、こう男に話してやったんだ。
「深い深い夜に棲む、月のところへ行ってごらん。あいつはこの世界が始まった時より、多くのもの達の囁きを耳にしているはずだから、きっとお前の知らない物語も知っているだろう」
とね。
なぜそれをわたしが知っているかって?
その男が話してくれたからさ。隅々に渡ってね。太陽の話した言葉も、一言一句間違いなしに話してくれたよ。
わたしは、その男の話を最後まで静かに聞いてやった。男の気の済むまで、ただただ静かにね。男の知っている物語もあますところなく聞かせてもらった。いや、なんとも楽しい夜日々だった。ちょうど千一夜目だったろうか。男の話が終わったのは。喋り尽くして話すこともなくなったのか、彼は今の君のようにひたすら私を眺めていたよ。
だからわたしは言ったんだ。
「なんとも楽しい物語の数々をありがとう。これで寝物語がまた増えた。本当に面白い話ばかりだったよ。最後に君自身の物語を聞かせてくれないか。特にこれからの物語を。まだそれは聞いていないと思う」
とね。
彼はむくりと立ち上がると、
「僕の物語だって?」
と言いながら去っていってしまった。
あれから彼には会っていないが、きっと、またいつか話にきてくれるだろうさ。他のもの達と同じようにね」
お月様が話終えると、私は深々と反省をした。だから頭を垂れてお願いをした。
「私の知っている千一夜物語の空飛ぶ絨毯の話とはだいぶ違っていたようです。穴に落ちた兎の話も聞かせて頂けないでしょうか」