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柊の連れてきたもの

童話

〜大ちゃんの贈り物シリーズ 2〜

 

 

 風がびゅうびゅう吹いています。
 学校の帰り道、小学一年生の大ちゃんはとぼとぼと歩いて帰ります。
 朝は、大きいお姉さんやお兄さん達と一緒に登校するので寂しくありません。霜柱をパリパリさせたり、水たまりの氷を持って向こうを眺める楽しみもあります。
 帰り道はひとりです。けれど、春は桜の花びらで遊ぶこともできます。夏は木登りをしたり、虫を探したりと忙しいくらいです。秋は綺麗な落ち葉や木の実で遊びます。だからつまらなくなったりはしません。
 でも、冬はダメです。霜柱も氷も朝のうちだけで、帰る頃には溶けてしまうからです。いつもは遊び相手をしてくれる木々も草花も、ひっそりとしてしまって、大ちゃんの相手をしてはくれません。落ち葉も溶けた霜がぐっしょりびちゃびちゃにしてしまうので、冬の間はあまり楽しい遊び相手とは言えませんでした。風だってなんだかいじわるになって、今もびゅうと吹くと早く家に帰れと急かすのです。
 大ちゃんはそんな風の言うことを聞くのも嫌で、後ろを振り返るとにらみつけてやりました。
 すると、風は怒ったのかさらにびゅううとうねり、大ちゃんに向かって何かをぶつけました。
 「いたっ」
 まともに顔にぶつかって、大ちゃんは思わず声をあげました。足元をみると、ギザギザの葉鍵がついた柊でした。から豆も束になっているのをみると、どうやら節分のお飾りのようです。

 

 今朝、お母さんがお家の玄関に飾っているのをみました。鬼がやってこないように飾るのだそうです。

 幼稚園に通っていた頃、色々な鬼がきては大ちゃん達を追いかけ回していく日が節分でした。一所懸命に豆で退治して、小さい子を守るのが大ちゃんは誇らしかったので、
 「そんなのなくても、僕がやっつけてやるよ」
と言ったら、お母さんは笑いながら、
 「ありがとう。でも、大ちゃんが学校に行っている間に来られても困るでしょう」
と言いました。大ちゃんは、そうかと納得すると、
 「じゃぁ、帰ってきたら僕が守ってあげるね」
と、勇ましい気持ちで家を出たことを思い出しました。

 

 大ちゃんは、
 ( そうだ、早く家に帰らなきゃ )
とその柊を拾おうとしました。

 するとまた風が吹いて、大ちゃんのいる先へと落ちました。慌てて柊を追いかけて捕まえようとするのを、ひらりひらりと交わされて、大ちゃんはなんだか意地になってきました。
 絶対に捕まえてやる! と、追いかけているうちに、林の中へと入り込んでしまったようです。
 帰り道も柊も、落葉にまぎれてどこにあるのかわからなくなってしまいました。
 大ちゃんは、急に心細くなりました。泣きべそをかきたくなったら、正面から風が強く吹きつけて、それをぐっとこらえた時です。
 「いたっ」
と、どこからか小さな声がしました。
 「誰?」
と大ちゃんが声をかけても返事はありません。

 まるで木々までが息をひそめて見つからないようにしているみたいです。
 もう一度、大ちゃんは、
 「誰かいるの?」
と、声をかけました。驚かさないように、なるべく優しく聞きました。それを台無しにするように、風がびょおうと吹きました。

 また、
 「いたい、いたい! 」
と声がして、ひときわ大きなブナの木の後ろから、小さな影が飛び出しました。
 大ちゃんより頭一つ小さい子供でした。
 よく見ると、もじゃもじゃの髪の毛に柊がからみついて、まるで格闘しているようでした。
 大ちゃんは、
 「待って。とってあげる」
とその子に近づくと、暴れないでと言いながらゆっくりとほどいてやりました。もじゃもじゃの髪の毛から、にゅっと耳が突き出ているので、棘が当たらないようにするのは一苦労でした。最初はバタバタしていた子も、そのうち大ちゃんのされるがまま、じっとしてくれました。
 「君も柊を追いかけてきたの? 」
と聞くと、
 「おいらは追いかけられてきた」
と言います。不思議なことをいう子だなと思っていると、
 「これ、お前の柊? 」
と聞いてきました。それで、大ちゃんは、早く帰らなければいけないことを思い出しました。この柊が大ちゃんの家の柊なら、今頃お母さんは鬼に追い出されてしまっているかもしれないのです。

 柊も取れたので、
 「僕、帰らなきゃ! 帰り道、知ってる? 」
と質問には答えずに聞くと、その子は口を顔いっぱいに広げて、
 「じゃぁ、今度はお前と追いかけっこだ! 」
 そう言うが早いか、たっと駆け出してしまいました。
 大ちゃんは思わず、柊を持ったままその子を追いかけました。
 「待ってよー」
 小さいくせに身の軽いその子は、大ちゃんの鼻の先で、からかうようにあっちへ行ったりこっちへ行ったりします。なかなか捕まえられない大ちゃんは、
 「帰り道を教えてほしいだけなんだってば」
と乗り気じゃなかったのに、そのうち楽しくなってきました。
 全身がぽかぽかしてきて、暑いくらいです。そこで大ちゃんは、

「ちょっと、たんま」

と言うと、身につけていたマフラーと手袋を、背負っていたランドセルにしまおうとしました。
 いつの間にかそばにきた小さな子が、興味しんしんでそれを見ていました。大ちゃんは、ふと、短パンで長シャツ一枚のその子がとても寒そうなことに気がつきました。だから、
 「貸してあげる」
と、その子の首にマフラーを巻いてあげて、手袋を両手につけてあげました。
 「あったかい」
とその子はくすぐったそうに笑いました。
 大ちゃんもなんだかくすぐったくなって、ふたりで顔を見合わせて、うふふと笑いました。
 その子は、大ちゃんの手をとると、
 「こっちだよ」
と言いました。
 「追いかけっこはもういいの?」
と聞くと、
 「もう捕まったから」
とその子は言いました。
 大ちゃんは、あれはたんまの最中だったからなしだよと言おうとしましたが、嬉しそうにしている子をみてやめました。
 小さな子に手を引かれて林の中を歩いていると、大ちゃんはなんだか心まであったかくなるようでした。
 林を抜け出ると、いつもの通り道でした。
 もう少しその子と一緒にいたかったから、大ちゃんは、
 「うちにおいでよ」
と誘いました。
 小さな子は、目を2回しばたくと、ふるふると首を振って、マフラーと手袋を返そうとしました。大ちゃんは、
 「それ、着けてていいよ」
と言いました。それから、
 「また遊ぼうね! 」
って約束すると、その子はコクンとうなずいて、林の中に走っていってしまいました。姿の見えなくなる手前で、一度、ぴょんと飛び跳ねたように見えました。
 大ちゃんにはそれが、
 「ありがとう」
に聞こえました。くすぐったくなって、大ちゃんはひとりでうふふっと笑いました。
 それから、走って家に帰りました。
 手には柊を持って。
 カラカラとから豆を鳴らしながら。

 

 家に着くと、玄関には朝と同じように柊が飾ってありました。そうするとこの柊はどこから来たんだろうと、大ちゃんは首をかしげてしまいました。
 お母さんが玄関まで出てきて、
 「おかえり、遅かったじゃない」
と言いました。大ちゃんはただいまも言わずに、柊を渡しました。
 お母さんは、
 「これどうしたの? 拾ったの? マフラーと手袋はどうしたの? 」
と質問攻めにするので、
 「ただいま! 」
と元気よく答えました。
 お母さんは、まったくわけがわからないとぶつぶつ呟きながら、
「そんな大ちゃんの心から話すのを面倒臭がるその癖を追い出してしまわなければ」
と豆を取り出しました。大ちゃんも負けじと、
 「おかあさんのがんこも! 」
と、テーブルの上に用意してあった升を手に持ちました。
 ふたりで部屋を駆け回りながら、互いに、
「オニはーソトー」
と豆をぶつけていると、お父さんが、
 「ただいまー」
と帰ってきました。
 それから3人で玄関口へ出て、
「福はー内ー」
と外から中へ、パラパラと豆を撒きました。
 お母さんが門からも福は内をしようと言いながら通りへ出ていき、
 「大ちゃん! 」
と、大声で呼びました。
 何事かと思ってお父さんと慌てて見に行くと、大ちゃんのマフラーと手袋が丁寧に畳まれて塀の上に置かれていました。
 「誰かが届けてくれたのかしら? 親切な人がいて良かったわね」
とお母さんは言ったけど、大ちゃんはあの子だと思いました。
 きょろきょろと辺りを探しましたが、どこにも姿は見えませんでした。大ちゃんは、がっかりしました。返しにきたことで、もう遊べないような気がしたのです。あの子が寒そうにしていないか、心配にもなりました。返してくれなくて良かったのにと強くそう思いました。
 升の中にある豆の残りを全部握り、門の外へ向かって、
 「福はー内ー」
と力の限り叫びました。
 それを見ていたお母さんが、
 「福はお家に向かって投げて」
と言いました。
 お父さんが、大ちゃんの頭に手をひとつ置いて、
 「お家に入ろうか」
と、優しく言いました。お母さんはまだもごもごと言い足りないようでしたが、お父さんがお母さんの背中に手を回して、お家へ連れて入りました。
 大ちゃんは、さっき拾った柊を持って出ると、マフラーと手袋が置いてあった場所へそっとのせました。

 冬にはない風がふわっと吹いて、庭から梅の香りが微かに漂うと、から豆がカラカラ鳴りました。
 どこかで、あの子がぴょんと跳ねたような気がして、お家に入る手前で大ちゃんもぴょんと飛び跳ねてみました。
 それから、そっと玄関を閉めました。