「お月様より重く、ぼくは君を愛してる」
ある晩のこと、ヤジローが空を見上げると、そこにはとてもとても美しい月が浮かんでいました。
ヤジローは、いっぺんでお月様に恋をしました。けれども、お月様はお月様です。オモイをつのらせても叶うものではありません。日々、重く重くなっていくオモイをどうすることもできなくなって、
「お月様より重く、ぼくは君を愛してる」
そういうとヤジローは、その言葉に込められたオモイと同じくらいのオモイを探す旅に出ました。
叶わないオモイをこれ以上重くするよりも、同じ重さのオモイを持つ人にこのオモイをあげる方が救われると思ったのです。
これまでよりも一際美しく輝く月がそんなヤジローをみつめているようでした。ヤジローは、そんなお月様を振り切るように、このオモイを叶えてみせようと誓いました。
一番近くの町を目指して歩いていくと、目の大きな、まことに愛らしい人に出会いました。まるで、お月様のように美しいその瞳でヤジローをみると、
「何をそんなに重そうにしているのですか? よろしければ少し手伝いましょう」
と声をかけてくれました。
ヤジローは少しの間、その愛らしい人にオモイを半分だけ持ってもらうことにしました。
半分とはいえ手渡されたオモイの重さに愛らしい人は驚いているようでした。
ヤジローは、やっぱり断ろうとしました。
けれど愛らしい人は自分が言い出したことだからと、よたよたしながらも町まで運んでくれました。
着くまでの間、ヤジローは、お月様に恋をしたことや、このオモイと同じ重さのオモイを探していることを話して聞かせました。
町へ着くと、愛らしい人はほっとしたようにヤジローへオモイを返しました。
ヤジローは、愛らしい人が好きになりました。もう最初にあの瞳で見つめられた時から好きになっていました。
だから返されたオモイと持っているオモイを全てその人にさしだしてこう言いました。
「このオモイの全てを君に」
すると愛らしい人は慌てたように、
「私にはとてもそんなに重いオモイは持てません。もう疲れてしまいました。そして、私にはそれと同じだけのオモイがありません」
と言うと、ヤジローから去って行ってしまいました。
ヤジローは疲れたように町の広場の泉の前に腰を下ろすと日が暮れるまでそうしていました。月はなく、代わりに泉の女神像が優しく見下ろしていました。
オモイがまた重くなったように感じてため息を一つこぼすと、ヤジローは次の町を目指して歩きだしました。
ふたつめの町で、ヤジローはまた恋をしました。
とても繊細な心を持つ娘でした。
でもその娘も、
「私にはとてもそんなに重いオモイは持てません」
と言いました。
ただその娘は、ヤジローが落ち込んでいるのをみて胸を痛めたのか、こんなお願いをヤジローにしました。
「全部は受け取れませんが、もしよろしければその重いオモイの中から少しだけ、オモイを分けて下さい」
ヤジローは旅を続けました。自分のオモイを全て貰ってくれる相手を探し続けました。そして代わりに同じだけのオモイをくれる相手を探し続けました。
けれどいくら探しても、全てのオモイは重すぎると、どの男も女も少しだけ貰っていくばかりでした。
恋を重ねるにつれて、ヤジローの重いオモイは少しづつ小さくなり、ついには右と左それぞれの手に一握りづつのオモイしかなくなっていました。
気づけばヤジローは最初の町に戻ってきていました。
泉の前に座り込むと、ヤジローは小さくなったオモイを手にして、泣きたいような笑いたいような気持ちで月を探すように空を見上げました。
「こんな軽さじゃ、誰も愛せない」
月はなく、あの時と同じように女神像がヤジローを見下ろしていると思いました。けれど、それは人でした。
唯一、ヤジローから少しもオモイを受け取ろうとしなかった、あの愛らしい人でした。愛らしい人はあの月のような瞳でヤジローをみつめると、こう言ったのです。
「あなたがまだ私にそのオモイを下さるというのなら、今こそ、その片方のオモイを私に与えて下さい。代わりに、私のオモイも半分あなたにさしあげます」
ヤジローは、素直にその申し出を受けました。誰も愛せないのなら、あげられるものは誰にでもあげてしまいたかったのです。
すると愛らしい人は嬉しそうな笑みを浮かべると、月の光を放ちながら姿を消してしまいました。
ヤジローは、その光の中で、これまでに感じたことのない満ち足りたオモイを受け取ったのです。
後には、女神像の代わりに大きな大きな満月が、広場中を照らしていました。
ヤジローの手には、思うオモイと同じだけの思われるオモイがしっかりと握られていました。
そうして両方の思うオモイと思われるオモイを右と左それぞれに持ちどちらも重くならないように、今ではヤジローが広場を優しく見守っているのです。
お月様と共に。