「高い壁を積み上げ続けたぼくの話」

無駄に高いプライドの壁が、空をあんなに高くさせて……すっかりぼくをひとりぼっちにしてしまった。

見上げる空は四角く小さい。

 


なんであんなに高くしてしまったのかって?

涙が溢れないようにだよ。

溢れようとするたびに、積み上げていったんだ。

あんなに高くしたのに、それでもぼくの涙は溢れ出ようとする。

困ったやつだ。

 


涙に浮かんでてっぺんまで登ったときに、すかさずまた一つ積み上げていくんだけどさ、これって結構な技術が必要なんだ。

そうして今日もまた一つ。

壁の上から外を見下ろしても、もうなにも見えなくなった。

無駄に高いプライドの壁は、空ばかりか、地上さえもぼくから遠ざけてしまった。

ぼくからなにも見えないように、下からだってぼくのこと、なんにも見えてやしないんだろうな。

「ざまあみろ」

と叫んだところで、届きやしない。

もう、ここにいることを覚えている人もいないかもしれない。

こんなところに人がいるなんて、考えたこともないのかもしれない。

ふふふ、そしたら外のやつら、ビックリするだろうな。

でもどうやって?誰が登ってくるって言うんだ?ぼくが降りるのか?

ふん!誰が。

今さらなんだよ。

ほら、こうやってまた一つ。

 


いつもは浮かびながら涙が引けるのを待つんだけど、今日は壁のてっぺんに腰をかけ足をぶらぶらさせていた。

なんにも見えない外じゃなくて、空ばかりを眺めてた。四角く切り取られたような小さな空じゃなくて、どこまでもどこまでも広い大きな空を。

この大きな空が、たまらなく不安だったときもあるんだけど、たまにはいいよね。

こういうの。

 


気がついたら、涙の水位はすっかり下がってしまってさ、真っ暗な穴になってやんの。

あいかわらず、外側は靄がかかってなんにも見えない。

詰んだな。

そう思った。

壁を積むだけ積んじゃって、ぼくの人生詰んじゃった。

間抜けすぎて笑える。

もう、どこにも行ける場所なんてなくてさ、この狭い狭い壁の上で、空ばかり見て過ごすしかないんだ。

「助けて」

と叫んだところで、無駄に高いプライドの壁が、ぼくの声をどこにも届かせない。

 


そこへ燕が一羽、ツイッと飛んできて、ぼくの壁に留まると羽根を休めた。

ずっとそこにいて欲しくて、ぼくは息を殺していたのに、燕は気づくことなく満足すると、またツイーと飛んでいってしまった。

燕の去った方へ目を向けると、翼のないぼくがどうしようもなく悲しくなった。

泣いてしまうと思ったけれど、ぼくにはもう、壁を積み上げる気力も残っていなかった。

ただただ今は、泣いてしまいたかったんだ。

 


溢れ出た涙は、積み上げた壁を崩しながら、いつまでもいつまでも流れ続けた。

逆らうことなくぼくも、いつまでもいつまでも流れ続けた。

気がつくと、平らな地面の上にいて、むくりと起き上がると、遠くの方にボロボロの高い塔のようなものが見えた。

行く当てもないから、塔まで歩いてみると、それこそ自分が今まで積み上げてきた、無駄に高いプライドの壁だった。

中で、泣いてはいけないと懸命に堰き止めてきたぼくがいないからか、塔の所々に穴が開き、あちこちから涙が噴き出している。

上の方からカラカラと崩れた壁の欠片が落ちてくる。

放っておいたら崩れてしまうだろうか。

ぼくはしばらく、塔の真下で、無駄に高かったプライドを外側から眺めていた。

中から見るのと外から見るのではこんなに違うものだろうか。それにしてもなんて脆そうにみえるんだろう。

泣いているから?

にしたって、こんなに危うそうに見えるものだろうか。

そうして、こんなところに人が閉じこもっているなんて、誰にも分かるわけないじゃないかと呆れた。

 


途端に、今まで気にもならなかった、塔の向こうに見える一面の野原が、どこまで続いているのかを無性に確認したくなった。

野原の向こうへ目を向けると、ぼくはずんずん歩き出した。見えないところへ向かって、何があるんだろうと想像することが、こんなに胸を膨らませるなんて知らなかった。

いや、知っていたけど忘れていたんだ。

あの、無駄に高かったプライドの壁が、野原のことも、ワクワクする気持ちも忘れさせていたのかもしれない。

振り返った塔は、ちょうど夕陽に沈んでいくところだった。

所々に空いた穴から光が放たれて、切り取られた影絵のように、それはそれでとても美しい光景だった。

それが最後だった。

なんにもない丘の上にぽつんと一つ立つ塔は、最期に残った恐竜みたいに空に向かって吠えると崩れていった。

 


塔から流れる涙は勢いを増し、ぼくより早く道を作って流れていった。

その隣をついていくように、ぼくはゆっくり歩いていった。

涙まわりのぬかるみに、小さな花が咲いているのを一つひとつ確認しながら、ぼくは今、歩いている。