「明日はきっと」
「もう!嫌になるよ。どうして自分の体なのに言うこと聞いてくれないんだろう……!」
「……ごめんね、ケビン」
「ああ、ママ、そうじゃないんだよ!」
「わかってる。でも、こういうとき、やっぱりどうしても思ってしまうの。神さまのこと」
「神さま?」
「……うん。ケビンを産んだのはママだから。そして、ママも、自分の体なのに思う通りにはいかないってこと。ケビンを産んだことを後悔しているわけではないのよ」
「わかってる。でもママは、……ぼくと違って健康なのに、やっぱり思う通りに動いてくれないの?」
「ケビン、健康ってきっと、魂のことよ。あなたの魂はうんと健康だわ。例えばそうね、足の指は全然動いてくれない。すね毛なんて生やそうと思ってないのに生えてくる。痩せたいと思うほど太っていく」
「寝たくない時に限って眠くなるとか? 」
「反対に、寝なきゃいけない時に限って目が冴えてしまうとか」
「お腹はすいてるはずなのに、食べたくないとか」
「それはママの料理が失敗した時ね、ケビンったら。反省します。それにしても、ちょっと考えただけでこんなにある。思う通りに体を動かせる方が奇跡に思えてくるわね。そういうとき、この体は借り物なんだって思うの」
「だけど、借り物なら、もっと良いものがよかったよ……。神さまは意地悪だ!」
「ほんとね。……ママも、もっと、声が綺麗だったらよかったのにって思うわ」
「そんなことない。だってぼくは、ママのこもりうたが好きだもの」
「ありがとう、ケビン。私も、ケビンがそのまま好きよ」
「ぼくは、……、ぼくはやっぱり動いてくれない体が嫌いだ……。もっと思う通りになってくれたらよかったのに。他の子みたいに、走り回ったり、飛んだり跳ねたりしてみたかった……。ごめんね、ママ。ほんとに……責めてるんじゃないんだ……」
「うん。わかってる。ママだって、もっと綺麗な声がほしいときは、誰を責めてるわけじゃないもの」
「だけど、ママの声は素敵だよ、ほんとに。歌ってもらったら安心するし、ほんとに、ママの声はママの声じゃないとダメだと思う。ママじゃなくなっちゃうよ」
「おんなじよ、ケビン。あなたがあなたの体じゃなかったら、きっとケビンではなくなってしまうんじゃないかしら」
「そうだけどさ……」
「……借り物の体なのに、その体をなくしたらケビンでなくなっちゃうっておかしなはなしよね。でも、体をなくしても魂さえなくさなかったら、ママはきっとどんなケビンだってケビンってわかるわ」
「だけど、体がなくなったら、どうやってぼくのことを見分けるの? 」
「触れたらわかるわ、これはケビンだ!って。ケビンはママの声が変わったら、ママのこと見分けられなくなる? 」
「んー、わかんない。でも、あの歌が聞けなくなるのは嫌だな」
「ママも、あなたがこの体を手放してしまったら悲しいわ」
「わかってるけどさ……、でも、ほんとに、あとちょっとだけ、あそこにいきたいって思うほんの先にいくのがもっと上手くなれたらいいのに。……この体でいいからさ」
「ほんとね。ママも、この声でいいから……この借り物の体でいいからもう少し上手く自分の体を使えるようになれたらいいのにと思うわ。それで、毎日、繰り返し歌うのよ」
「そっか……! そうなんだね。借り物だから、上手くはまだ使えないけど、繰り返してたら少しはよくなる? 諦めなかったら? 」
「明日はきっと、もっと上手くいくわ」
「……うん……ママ、こもりうた歌って……」
「あなたは生まれた
この小さな体で
あなたという魂が
この体に宿り
あなたは生まれた
あなたは大きくなった
この震える魂で
あなたという体が
この魂を育て
あなたは大きくなった
おやすみ、ぼうや
明日はもっと
あなたは生きた
この体と魂で
あなたという世界が
この体と魂を生かし
わたしを生かす
おやすみ、魂
明日はきっと」
「……すー……すー」
「おやすみ、ケビン。いい夢を」