スイカの想い出

 

 「おばあちゃんは、ママのことが嫌いなの? 」
 叶ちゃんは、おばあちゃん家の少しざらついた縁側に座ってそう聞きました。
 縁側の下で、叶ちゃんの足がぶらぶらしています。
 叶ちゃんの言葉に、おばあちゃんはスイカを食べる手を止めました。
 セミの声がいっそう煩く耳につき、見上げた空の青さが大きな雲をより白くしていました。

 

 パパのおばあちゃんの家は東京の外れにあります。叶ちゃんの住んでいるアパートからは、車で一時間位のところでした。
 叶ちゃんは、うんと小さい頃からパパと離れて暮らしていました。
 それでも、叶ちゃんはママと暮らすことに不自由も寂しさも感じたことはありません。
 会いたいと言えば、こうしてパパのおばあちゃん家にいつでも来て、パパにも会えるからです。
 そして毎回、パパもおばあちゃんも、叶ちゃんに会うのをとても楽しみにしてくれていました。
 叶ちゃんも、パパとおばあちゃんと会うのは嬉しいことでした。特に、おばあちゃんの家は、庭も縁側もあって、いつもどこかにワクワクを隠しているような気がして大好きな場所でした。
 ただ一つ、なぜママはいつも一緒じゃないんだろうって思っていました。
 今日だってママは、叶ちゃんをおばあちゃんの家の前で車から降ろすと、出迎えたおばあちゃんに一言挨拶しただけで、そのまま帰ってしまいました。
 いつも遅れて来るパパはおばあちゃん家で叶ちゃんと一緒に過ごした後、叶ちゃんをアパートの前まで送って、ママに会うこともせずに帰ってしまうのがお決まりでした。

 

 綺麗な三角錐をしたスイカがまだ二つ、お皿に盛られています。
 おばあちゃんの手の中のスイカは、一口齧られた痕をそのまま残し、叶ちゃんの持っていたスイカはうっすら赤い皮だけになっていました。
 おばあちゃんは、新しいスイカを一切れ叶ちゃんに手渡すと、
 「そうねぇ」
と小さく息をつき、逆に叶ちゃんに聞きました。
 「叶ちゃんは、大好きなお友達が悲しい顔をしてたらどう思う? 」
 叶ちゃんは、お友達のあおいちゃんの顔を思い浮かべてから答えました。
 「どうしたんだろうって思うかな」
 すると、おばあちゃんはニッコリ笑って、
 「おんなじよ」
と言いました。
 叶ちゃんは首を傾げて、おばあちゃんの顔を覗きました。とても優しい目がそこに溢れていました。
 「おばあちゃんは、叶ちゃんが大好き。悲しい顔をしてたら、心配で、おばあちゃんは眠れなくなっちゃう」
 そう言うおばあちゃんの言葉を聞きながら、叶ちゃんは心許なくコクリとしました。
 おばあちゃんはそんな叶ちゃんをみながら、また質問しました。
 「叶ちゃんは、ママのことが大好きでしょう? 」
 「うん」
と、今度は自信を持って、叶ちゃんは強く頷きました。
 「ママが悲しい顔をしてて、叶ちゃんも心配でよく眠れなくなっちゃったら、おばあちゃんも心配で眠れなくなっちゃうのよ」
 そのおばあちゃんの言葉になんだかくすぐったくなって、叶ちゃんは、
 「みんな、眠れなくなっちゃうね」
と、小さく笑いました。
 おばあちゃんも、くすぐったそうに笑うと、
 「だから叶ちゃんが大好きなママには、笑っててもらわなきゃねぇ」
と言いました。
 叶ちゃんは、
 「じゃぁ、あおいちゃんは? 別に、あおいちゃんが悲しくても叶は眠れないってほどにはならないけど、でも、叶がそれを悲しいって思ったら、おばあちゃんも悲しくなるの? 」
と、不思議に思って聞いていました。
 おばあちゃんは、食べかけのスイカをお皿に戻すと、叶ちゃんの空いた手を包み込むようにして言いました。
 「あなたが大切に思う人は、おばあちゃんにも大切な人になるわね」
 そんなおばあちゃんの手は柔らかくて、しっとりしていました。そうして、叶ちゃんの手がペタペタしてるのに気がつくと、
 「布巾、布巾」
と言いながら台所へ取りに行きました。

 

 縁側で、叶ちゃんの足がぷらぷらしています。
 叶ちゃんは、手にしたスイカに勢いよくかぶりつくと背筋を伸ばし、ぷっと種を飛ばしました。
 サクラの幹から、ジジと大きく蝉が鳴き立ちました。
 飛び去った蝉を見ようと急いで縁側を降りましたが、もうどこにも見当たりませんでした。
 そして、
 ( 一緒じゃなくても関係ないんだ )
と、目で蝉を探しながら思いました。
 サワサワと葉を揺らし、叶ちゃんの背中を風が通り過ぎていきました。
 空へ向かってもう一度、ぷっと飛ばした種も、どこへ飛んだのか見えなくなりました。
 いつの間に戻ったのか、布巾を手にしたおばあちゃんがそれを見ていて、
 「来年、庭のどこかで芽が出るかもしれないわね」
と、嬉しそうに笑いました。